漫画家・漫画家志望者のための「著作権&契約ミニ知識」
漫画を描くと著者に著作権が成立します。これは作品が生まれた瞬間に発生するもので、メディアに載る載らないは関係ありません。それは「独占的な権利」で、第三者が自分の著作物を使ってよいかどうかを決める権利であり、 使うならこういう条件で使ってほしいと言える権利です。この権利は著作権法によって守られています。
雑誌に漫画を描いて原稿料をもらうのは、著作権者として作品の使用を認めたお礼にお金をもらっていることになります。この雑誌掲載時に契約書を交わすケースはほとんどありません。
しかし、本になるときは違います。そこには「出版権」という権利が発生するため、契約書を取り交わすのが普通です。出版権はその「著作物を出版する権利」で、 これも「独占的な権利」です。お金をかけて本を出したら同じ本が他社からも出ていたのでは商売になりません。出版権者は、原稿などの引渡しを受けてから6か月以内に出版する義務を負います(著作権法81条1号 以下同法より)。
昨今はこの「出版権」に加えて「公衆配信権」が重要になってきました。これは著作物をデジタルコンテンツとして、携帯電話やスマホ、タブレット、PCなどで販売する権利です。
これも独占的な権利となっており、契約によって紙の書籍を出版した会社に付与されることが一般的です。しかし近年は作家自身が公衆配信権を持つケースも出てきました。紙は出版社で、それ以外は作家自身で、という契約形式が現れたのは、デジタル時代になって、個人でもコンテンツを販売することが可能になったためと思われます。
ここではコミックスの出版契約部分と公衆配信を含む2次利用部分に分けて、契約上のポイントを説明しましょう。
出版契約について
まず出版契約において重要なのは以下の2つです。
1:出版権の存続期間(契約の有効期間)と更新方法
出版社がその本を作り宣伝して売るために独占的な出版権を設定することは前述しました。確認したいのはその出版権を何年に設定するかということです。出版権の存続期間は、当事者間の契約において定めます(83条1項)。出版権の存続間を取り決めていない場合は、出版権設定後最初の出版があった日から3年を経過した日において消滅します(同条2項)。
取り決めをする場合、2年という出版社もあれば、10年という出版社もあり、長い方がそれだけ本を長い目で見守ってくれる、という解釈もありますが、 逆に作家が縛られることになることもあります。他社で新装版で出し直す、あるいは文庫にするといった話がきた場合、この契約期間が重要になります。
更新についての文言も確認しておきましょう。自動更新なのか(面倒を省くためにこれが多い)他に条件があるのか。例えば増刷したら そこから3年延長と書いてあれば、増刷の前にきちんと連絡をもらい、その後3年間その出版社と良好な関係を保っているかどうかを自分に問うてみる必要があります。 出版権の長さは知っておきましょう。
2:著作権使用料(印税)
一般に著者に支払われる印税は刷り部数に本の本体価格を乗じた金額の10%〜7%という契約がほとんどです。自分の印税が何%なのかきちんと確認しておきましょう。
注意したいのは、印税は10%とあるものの、「初刷の6割を保証する」といった文言があるケースです。これは刷り部数全部について印税を支払うのではなく、6割分については印税を確実に支払いますが、残り4割分の印税は売れた場合にお支払いします、 という意味です。つまり、本が6割以下しか売れなかった場合、初刷部数に対する印税は6%ということになります。
日本では刷部数に対して印税を払います(生産印税方式)が、欧米では売れた部数に対して払う(販売印税方式)のが一般的です(ただし最初に着手金としてまとまったお金が支払われます)。書籍の流通システムが違うことも理由にあるのですが、 今後日本でも印税についていろいろな契約が増えてくるかもしれません。契約書をもらったら印税の支払いがどうなっているのか、 支払時期や支払い法(現金がほとんどです)も含めて確認しましょう。
公衆配信契約について
次に公衆配信契約において重要なことを説明します。
公衆配信権は著作物の二次利用のひとつであり、最近はどの出版契約にも含まれています。ちなみに二次利用とは、作品(漫画)の翻訳出版、映像化、ドラマ化、舞台化、公衆配信等のデジタル化、広告イベント等での使用などなど、漫画作品から派生するさまざまなビジネス利用のことです。
公衆配信などの二次利用契約において重要なのは以下の4つです。
1:著作権者は作家になっているか。
まず著作物(漫画作品)の二次利用について権利者が作家になっていることが大前提です。非常にまれですが、著作権を出版社が持つ(著者は著作権を放棄する)、あるいは二次利用の権利は共同で持つ(著作隣接権二次利用権を著者と出版社が共同で持つ)といった文言になっているケースがあります。著作権者が自分になっているかどうかは非常に重要ですから、まずそれを確認すべきです。そして納得できていれば別ですが、一般には二次利用を含めたすべての著作権は「作品を創作した著者」に属するものなので、そこをはっきりさせる必要があると思います。
2:どこまで出版社に任せるか。
一般の出版契約(出版権を出版社に付与する事に決める)では、出版社がすべての著作権代理人になる契約がほとんどです。しかしここ数年、公衆配信権を出版社に付与せず、著者自身が持つケースが現れています。作家自身が電子書店で販売すると印税が高くなることが背景にあるようです。
さらに進んで著者が専門の著作権代理人(エージェント)と契約するケースも登場しています。出版社ですと二次利用についてはどうしても受け身になりがちであり、専門のエージェントと契約することで自分の作品の二次利用をより積極的に行おうという作家が現れているのです。海外販売に強いエージェント、電子販売に強いエージェント、広告に強いエージェントなど、出版社にはできない販促をする会社があるようです。誰を代理人にするのが良いかは作家自身の判断によりますが、出版は出版社に任せるけれども二次利用は作家自身ないしはエージェントに任せる、という契約をする作家が生まれていることは事実です。
3:二次利用の条件
これは本当にケースバイケースなので、作家が納得できるかどうか、に尽きます。信頼できるだけでなく、きちんと話し合える代理人を選ぶことが重要でしょう。
例えば公衆配信(デジタル販売)の印税は、会社によってけっこう幅があります。しかも最近は「売価の10%」という出版契約に準じる形式から「入金分の25%」といった入金額ベースの印税形式に変わって来ているので、いっそうわかりにくくなっていると思われます。後者の場合、出版社への入金が何%なのかわからないと売価に対する印税率はわかりません。出版社が売価の60%をうけとっていれば印税は売価の15%になりますが、30%だったら7.5%になります。しかも多くの場合、その入金率は販売先やキャンペーン等で変わり、ある書店では50%が入金されるが別の書店では35%ということが普通に起きています。だからこそ売価ベースではなく入金ベースの契約に変更されました。注意したいのは、紙と違って電子では販促による効果が非常に大きいため、料率が低い本の方が書店がプッシュする関係で良く売れるという現象も起きていて、料率の高さがそのまま収入増にはならないこともあるということ。よくわからないことがあればすぐに確認してください。話し合える代理人が重要というのはそういうことです。
自分自身でデジタル化し、Kindle等で販売する作家も登場しています。その場合の印税は35%か70%になります。でもそこには、アメリカでの課税問題(アメリカの源泉税=通常10%を免除してもらうにはアメリカの税当局と英語でやりとりする必要があります)や他社で販売できない、作品のデータ送信料発生という問題が存在します。また、漫画作品の権利は著者にありますが、セリフの文字(写植)は出版社が経費を払って制作していますから、文字類が使えない(作家自身で文字を入れ直す必要がある)こともあります。この分野はまだ試行錯誤中であり、他にもいろいろ問題は生じているかもしれません。
ちなみに、映画化権(映画の原作料)は100万〜200万の買取りというのが一般的のようですが、低予算映画ですと10万円ということもありえます。DVDや放送の場合には印税契約(枚数ごと、放映ごと)が多いようです。このあたり「海猿」や「テルマエロマエ」の騒動があったので、今後変わっていくかもしれません。
4:公衆配信の販売場所と期間、方法。
販売場所と期間、方法も重要です。なぜならデジタルは複製が容易だからです。「販売される場所」を特定することは不正利用の危険を減らします。どこで、どのくらいの期間、どのような形で販売されるのか、具体的な販売が決まったら、心配な人はそこを確認してください。残念ながら複製を完全に防ぐのは不可能です。またデジタル販売しなければ不正コピーされないということもありません。とはいえ、不正販売が発見された際にきちんと対応してくれるかどうかは気持ちの上でも重要です。最近は悪質な不正コピーに対して警察も動いています。不正販売がなくなることはないでしょうが、作家への対応には差があると思います。
デジタル化時代を迎えて、ひとつの作品がさまざまな媒体で、さまざまな形で販売されるようになりました。本にして終わり(文庫化で終わり)、という時代は終わったのです。そこでは契約書がこれまで以上に重要になっています。わからないところは質問して納得できる契約を交わしてください。
最後に。
どんなに時代が変わっても作品の著作権は著者にあり、それは何よりも重要で重い権利です(よほどの理由がない限り著作権を譲渡することはありえません)。つまり、どんなに販売ルートが複雑化し、メディアが多様化しても、著者(著作権者)の権利が減ることはないのです。すべては著作物があってこそ始まるわけで、著作物の持つ可能性は広がる一方とさえ言えるでしょう。出版不況と言われますが、紙以外の販売が増えれば、結果的に著者の収入が増えることもあり得ます。絶版書籍を電子化して無料配信することで著者に広告収入を還元するビジネスが良い例です。著作権さえ保持していればそれが新たな収入になる時代になったのです。メディアが多様化する現代は、著作権者にはむしろ明るい時代(著作権がより重要になった時代)と言えるのではないでしょうか。
2016年4月